Microsoftの「メン・イン・ブラック」がフロリダ州のオープンな標準規格に関する法案を抹殺

 フロリダ州上院法案の中に、大々的な告知をせずに締切間際にひっそりと滑り込ませた、オープンなデータ形式を擁護するほんの短い文言があった。しかし24時間も経たないうちに全員が真っ黒なスーツに身を固めた、Microsoft社に雇われた3人のロビイストたちがその上院第1974号法案から気に入らない文言を削除するよう、上院の政府運営委員会(Senate Committee on Governmental Operations)のメンバーに対し圧力をかけた。

 Microsoftに雇われたロビイストたちが気に入らなかった文言は、以下の部分だ。

28   ...(1) AEIT(企業情報技術局)は
29          2009年6月1日までに、
30          以下のような条件を満たすオープンな形式で
31          州政府機関が文書を作成/交換/保守するための

                                 34
   10:16 AM   03/28/07    s1974p-go00-pd3

  フロリダ州上院- 2007委員会代替案
   法案 上院第1974号
                       バーコード565342   585-1947A-07

1           計画策定、及び、業務事例分析を実施するものとする。
2             (a)  制約もロイヤリティもなしで公開することができる。
3             (b)  完全に機能するソフトウェアを、
4                  必要となる技術のために知的所有権による制約を受けることなく、
5                  複数のソフトウェアベンダが独立して、
6                  複数のプラットフォーム上で実装することができる。
7             (c)  標準規格を策定/更新するための
8                  全プロセスを明確に定義している、
9                  オープンな業界団体によって管理されている。
10    (2)  各州政府機関は、オープンで拡張可能な
11         マークアップ言語に基づいた、オフィスアプリケーション用ファイル形式の
12         電子文書を受理することができなければならず、また、
13         単一のベンダのみが使用するファイル形式に文書を変換してはならない。
14    (3)  AEITは、州政府機関が既存の電子文書を
15         オープンで拡張可能なマークアップ言語に基づくファイル形式に
16         変換するべきかどうかを決定する際に
17         基準とするべき規則を作成するものとする。
18         なおこの条項に従い指針を作成する際AEITは以下の点を
19         考慮するものとする。
20           (a)  電子文書の変換に必要となるコスト。
21           (b)  文書に対するパブリックアクセスの必要性。
22           (c)  文書の見積保存年数。

 なおこの第1974号議案の全体としての意図は、「州知事執務室(Executive Office of the Governor)内にAIET(企業情報技術局;Agency for Enterprise Information Technology)を作る」というものだった(現在もこの点について変わりはない)。

 上記の、要は「オープンな標準規格を検討していく」という内容の文言は、Ed Homan下院議員の要請により付け加えられたものだ。Homan議員がオープンな標準規格(とオープンソース)に関心を持ったのは、フロリダ州が数百万ドルをかけて州保健局のコンピュータとソフトウェアのアップグレードを検討していることを知ったときに、オープンソースを使用することが本当に納税者から得た税金の節約につながるのだろうかと疑問に思ったことがきっかけだった。

 Homan議員はフロリダ州下院会計監査評価委員会(House Committee on Audit & Performance)の委員長を務めているため、高すぎる値段がつけられた物品やサービスに州が税金を浪費することを防止する立場にある。またHoman議員の「実生活」における本業は(ほとんどのフロリダ州議員にとって州議会はパートタイムの仕事だ)、整形外科医であり南フロリダ大学薬学部の助教授でもある。したがってHoman氏は保健管理機関や保健全般に関して特に強い関心を寄せている。

 しかし最近までHoman氏は、オープンソースについてや、コンピュータファイルのためのオープンな標準規格の重要性について、ほとんど知らなかった。Homan氏がこのようなことを知るようになったのは、同氏の子息でソフトウェア開発者のDoug Homan氏を通してだ。Doug Homan氏は以前はMicrosoft認定技術者であることを誇っていたものの、次第にMicrosoftの製品に愛想をつかし、気付いてみれば今では仕事の大半をよりオープンな開発ツールを利用して行なうようになっているのだという。

 Doug Homan氏は父親の下院議員という仕事に関して特にスタッフの一員というわけではなく、また何らかのオープンソースのグループに参加しているわけでもない。同氏がオープンソースを支持することに興味を持ったのは、「教育におけるデジタルデバイドに関する懸念」が理由だったとのことだ。同氏にとっては、オープンソースそのものの政治的な側面に興味があるからではなく「社会の一員として私利私欲よりも公共の利益を優先させる公的精神という観点から」オープンソースを支持しているのだという。

ひっそりと法案が成立することを狙ったものの失敗

 Homan議員とその子息であるDoug Homan氏は、できるだけ事を荒立てることなくオープンな標準規格のための小さな後押しを第1974号議案に追加しようとした。変更したことが誰かの目に留まる前に、法案が少なくとも委員会による最初の承認を得ることを期待したのだ。しかしMicrosoftのフロリダ担当ロビイストに抜け目はなく、ほぼ瞬時に発見されたのだった。

 Homan議員は「『メン・イン・ブラック』という映画のようだった。3人のMicrosoftのロビイスト達は全員真っ黒いスーツを着込んでいた」と言う。

 匿名での発言を希望した(Microsoftとはつながりのない)別のロビイストはHoman議員の「メン・イン・ブラック」という表現に笑い声を漏らした。「あぁ、あの人たちか。私も知っているが、まさにあの映画のようにサングラスまでかけている。確かにフロリダロビイスト界の『メン・イン・ブラック』といった感じだ」。

 ここで実名が挙がると失業の恐れがあるという、ある州政府機関職員は「あのロビイストたちが話を終える頃には、あたかもODF(Open Document Format、OpenOffice.orgなどのフリーソフトで使用されているフリーでオープンな形式)がプロプライエタリで、Microsoftの形式こそがオープンでフリーであるかのような印象になってしまった」と言う。

 他の2人の州政府職員(同じく匿名を強く希望)は取材に対し、Microsoftのロビイストたちは、Microsoftの利益に反する方に票を投じる議員は(ITの巨大企業Microsoftがフロリダで計画している目標の達成につながる方へ投票したときと比べ)選挙キャンペーンの際に資金調達に今までよりも困ることになるかもしれないとほのめかしていたと述べた。

 なおオープンソースに大きな利害関係がある企業の中でフロリダ州に登録ロビイストを抱えているのはIBM、Sun Microsystems、Novellの3社だけだが、その3社のうちのいずれの企業も今回の件については関与しなかった。つまりMicrosoftは、オープンなソフトウェア標準規格に対して州政府機関が正式に今よりももう少し配慮することになる法案をフロリダ州が検討すべきかどうかという点について、公然と関心を示した唯一の企業だったのだ。

 とは言えその一方で、Homan議員による第1974号議案に対する追記部分については、数人以上のオープンソース活動家、中でもフロリダ大学で政治科学を学ぶ学生であるGavin Baker氏の耳にも事前に届いていた。

 Baker氏は、フロリダ大学を拠点とする「フロリダのフリー文化(Florida Free Culture)」ブログでこの法案についての長い詳細な記事を書いた。そしてこの記事は少なくともいくつかのフロリダにあるLinuxユーザ会のメーリングリストにも投稿され、フロリダ州政府のオープンな標準規格への配慮が高まる可能性があるかもしれないということについての認識を高めることには少なくとも貢献した。

立法者たちは何が起っているのかを理解していない

 SLUG(サンコーストLinuxユーザ会)のメンバーであるMatt Florell氏はSLUGのメーリングリストへの投稿で、「自分の選挙区選出の上院議員(Charlie Justice氏)と下院議員(Bill Heller氏)の事務所にこのことについて電話で問い合わせてみた。もちろんどちらもこの問題についてまったく知らなかったけれど、私の問い合わせには感謝してくれて、機会があれば連絡をくれると言っていた」(一部抜粋)と述べている。

 また、SLUGの別のメンバーであるAaron Steimle氏は次のようなメールを投稿している。

 私は 上院政府運営委員会メンバー(Senate Committee on Governmental Operations member)のAl Lawson氏に電話をかけてメッセージを残しました。また同メンバーのBill Posey氏にも電話をかけて、スタッフの人と話しました(申し訳ないですがその人の名前は失念しました)。まず、私が話したスタッフの人は非常に感じが良く、力になってくれました。彼は今回のこの法案についてはまったく知りませんでしたが、調べてくれて、法案に追加や削除がどのように行なわれるのかを説明してくれました。そして上院運営管理委員会(Senate Operations Governing Committee)の電話番号を教えてくれました(これについては確かに合っていると思います)。その人は、そこに電話すれば法案に追加しようとしていた修正内容が削除された理由を教えてくれるだろうと言っていました。

 そこで私はSOGCに電話して、Ray Wilson氏と話しました。Wilson氏も非常に親切な人でした。Wilson氏は、委員会が法案の一部を削除するのに特に理由は必要ではないと説明してくれました。憲法に基づく代議制民主共和制国家にしてはまったくずいぶんな民主的手続きだなとは思いましたが……。そういうわけで現状では、私たちの選出した議員が私たち選挙区民に対して、私たちに大きな影響を与える法案の一部を削除した理由を説明する必要はないということのようです。ただし、今回の場合は理由を特別に説明してくれました。「……オープンな形式で州政府機関が文書を作成/交換/保守するための計画策定、及び、業務事例分析を実施するものとする」という文面を削除した明白な理由とは、本法案は「情報技術のアーキテクチャ標準規格の定義と、戦略的情報技術計画の作成とを含む」ための法案であり、そのような法案の方向性を考えると、法案が取り扱うべき内容の範囲外だからだそうです。

 このような状況はまぎれもなく立憲主義的国家体制の破綻であり、政治システムの崩壊です。市場を独占している企業のためにロビイストが政府に対してロビー活動をすることは禁止されるべきです。Microsoftが政府にMicrosoftの製品を使って欲しいと思うなら、その製品を政府に寄付してその分税金の控除を受けるべきです。政府の職員が標準以下で高価格なソフトウェアを使えるようにするために私が税金を払うのが当然だとは思えません。

 別のSLUGのメンバーは、「フロリダ州の各郡(と教育委員会)にはIT担当の責任者がいる。彼らの予算は毎年削減されていると思う。彼らをオープンな標準規格のためのロビイストとして雇うべきだ」と書いている。

 またフロリダ大学の学生Gavin Baker氏は、同氏の選挙区選出の上院議員であり上院政府運営委員会メンバーのSteve Oelrich議員に電話をし、スタッフと話したが、同氏によると「まったく何も分かってなかった」とのことだ。

 Baker氏はOelrich議員のスタッフ(とわれわれ編集部)に対し、Sustaining the Information Society: New (and Old) Conflicts in the Knowledge Economy(情報社会の維持:知識経済における新(旧)争議)という昨年10月に同氏が行なったプレゼンテーションを指し示した。このプレゼンテーションでは、オープンなデータ形式を使用することは単なる短期的な経済的な節約に留まらず、知識の長期的な保存に関わる問題だという点を指摘している。つまりプロプライエタリなデータ形式は目が回るような速さで新たに現れたり消え去ったりするが、オープンで標準化されたデータ形式で今日保存した情報は、50年後でも500年後でも、MicrosoftやCorel(やその他のワードプロセッサベンダのどこでも)が特許などの方法で「保護」したデータ形式とともに消え去ったずっと後でも読むことができるということだ。なおプレゼンテーションのスライドは一見の価値がある。

われわれ市民が立法者を教育する必要がある

 フロリダ州に限らず米国の全50州(とコロンビア特別区)が、オープンな標準規格(ともちろんオープンソースも)を利用すると、納税者のお金を節約し、特定の企業の製品を購入する人たちだけでなくすべての人々が「そもそもわれわれ市民のものである」データにアクセスすることができるようになる。しかしこの事実を認識している立法者はほとんどおらず、ソフトウェアに関する話を実際に耳にするのは、州からの仕事を求めて競うベンダからのことが多い。それではここで、次の質問に答えてほしい。正解者には200仮想ポイント(実世界での価値は00.00ドル)をもれなく進呈する。

 「マーケティング予算が最大のソフトウェア/オペレーティングシステムベンダは次のうちのどれか?」

  1. Microsoft
  2. Canonical
  3. LynuxWorks
  4. Mozilla Foundation

 どうやら全員正解のようだ。では次の問題。「フロリダ選出の議員に対する(おそらく他州選出議員に対しても)ロビー活動に最もお金をかけているソフトウェア/オペレーティングシステムベンダは次のうちのどれか?」

  1. Microsoft
  2. Canonical
  3. LynuxWorks
  4. Mozilla Foundation

 同じ答えだろうか?少なくとも、フロリダ州のロビイストについての公開情報と彼らが代表している組織や企業を見た限りでは、その同じ答えで正しいだろう。

 フロリダ州のロビイストたちは現在のところ、各クライアントから得た収入について大雑把な「範囲」として報告する義務があるだけなのだが、Microsoftの場合は、州の行政部と立法部とに対するロビー活動を合わせて最低でも100,000ドル、おそらく実際には200,000ドル以上を費やしている可能性があることが分かる。なおこの数字にはフロリダ州の連邦議会の議員や州の数多くの郡や地方自治体に対するロビー活動に費やした額は含まれておらず、販売報酬や手数料やその他の販売経費なども含まれていない。これらは別勘定であり、ことによるとMicrosoftのフロリダ州に対するロビー活動予算よりも合計でずっと多い可能性もある。

 しかしこのようなMicrosoftの強力な資金に対抗できる勢力として、われわれには「あなた」がいる。つまり、この問題についてよく知っており、オープンなデータ形式がなぜ重要なのかを自分の選出区の議員に説明することのできる、Linuxユーザとオープンソース支持者と公的精神を持つ市民がいるということだ。

 今年のフロリダの立法議会は5月4日に閉会する。それまでに何らかの対応ができる可能性はほぼゼロだ。しかしフロリダのオープンソースとオープンな標準規格の支持者には、来年またチャンスがある。特に今から来年の立法議会までの間に立法者(と州知事とフロリダ州政府のトップのITスタッフたち)が、オープンな標準規格とオープンソースとがフロリダ州在住者にとって望ましく、プロプライエタリの標準規格やソフトウェアは主にそれらを供給する企業にとっての利益であるだけだということを数多くの有権者から言われていたら、そのチャンスは大きくなるだろう。

 果たしてフロリダ州には、Microsoftのロビー活動や営業戦力に加えMicrosoftの数多くの販売業者や、ビジネスをMicrosoftの製品に依存している企業(アンチウィルスベンダなど)を全部合わせた資金力よりも大きな影響力を及ぼすのに十分な数の、オープンな標準規格やオープンソースについて関心の高い有権者がいるだろうか?

その答えを知る方法は一つしかない……。

————

*Ken Barber、Eldo Varghese、Gavin Baker、Aaron Steimleその他数名が、調査資料へのリンクを提供したり、自分の選挙区の議員に電話をかけたり、電話の結果をこの記事の主著者に知らせるという形で、今回の事件の調査に協力してくれた。この記事は、AssignmentZeroで行なわれているようなクラウドソーシング型ジャーナリズムの簡単な実験だと考えてほしい。

NewsForge.com 原文